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黒﨑輝男(RCCA副理事)「ラグビーは働き方であり、遊び方でもある。それは生き方になるんだ。」
〜コミュニティの背景がわかる、RCCAメンバーのストーリー〜
2022.4.6
INTERVIEW

黒﨑 輝男(くろさき・てるお)
プロデューサー。「流石創造集団」代表。「イデー(IDÉE)」創始者。早稲田大学理工学部卒業。1949年4月16日生まれ。東京都出身。
大学卒業後に渡英しアンティークの世界に触れる。26歳の時、黒崎貿易を設立、これがのちのIDÉEになる。「FarmersMarket@UNU」「246Common」「IKI-BA」「みどり荘」「COMMUNE246」「スクーリング・パッド/自由大学」などの「場」づくりを手がけてきた。近著に『We Work HERE 東京の新しい働き方100』(共著)

RCCA(Rugby Culture Club Association)が伝えたいものは、たくさんあって一言ではちょっと表しにくい。だけど、そのメンバー一人ひとりのストーリーを紐解けば、コミュニティーの持つ空気感やバックグラウンドが見えてくるかも。彼らはどこから来たんだろう。何を目指しているんだろう。第4回は副理事の黒﨑輝男さんにききます。

黒﨑さんはラグビーのどんなところに面白さを感じますか。

「元々ラグビーには、フェアな空気が溢れてる。試合中には胸ぐらつかみあうことだってあるのに、試合が終わったら肩を組み合ってビールを飲んだり、歌ったり。そういう空気が好きだな。」

「ラグビーの場にはね、個人と社会の中間に位置するものを感じる。それはチームとかクラブってことなんだろうけれど、純粋な意味でのリーダーシップや規律や連帯、それこそ友情がある。きっとワールドラグビーが掲げてるコアバリューに近いんじゃないかな(integrity/passion/solidarity/discipline/respect=品位、情熱、結束、規律、尊重)。日常の中に非日常を作るのがスポーツでしょ。ラグビーの場合はそういう価値観にスポットライトを当てているんだよね。だから僕らはラグビーから学ぶことがある。昔からラグビーマンと付き合いがあって、話していて思うのは、学んでいくことがラグビーなんじゃないかなと。世間ではすぐに『それって儲かるの?』って話になりがちだけれど、ラグビーは本来、対極にあるものを大切にしている。」

ご自身もプレーをされたのですか。

「幼い頃は、もっぱら観るものだったけれど、高校の時にラグビー部があって、入ったけれどすぐに辞めてしまった。その時代の日本の部活動にあったラグビーは、思い描いていたものとは全然違ってて驚いた。自分には合わなかった。忘れないのは小5の時に聞いた話なんだ。イギリスのチームが試合をして、ある選手のトライが見逃されてしまった。その選手は決してレフリーを責めずに淡々とプレーして、その後の人生も淡々と生きたんだけれど、死ぬ間際になってただ一つ、『あれはトライだった』って言い残したんだって、そういう話。そこには権威よりも個人の誇りや他者への尊重がある気がして、僕は、ラグビーっていいな、すごいなと美学を感じた。いつか、そういう世界に自分も身を置きたいと思っていた。残念ながら、実際の部では先輩が威張っていて、それなのに彼らにも自由を感じなかった。がっかりしてしまった。だからプレーはほんの少ししかしていないんです。」

ロンドンにて(70年代初期)

フェアに生きる。

黒﨑さんがラグビーに求めていたものは、結局どこにあったのでしょう。

「のちにイギリスに渡ってふらふらしてる時、友人にはラグビーをしているヤツが多かった。一緒に飲んだり、話したり。もちろん格式みたいなものはあるんだけれど、フェアだったな。当時日本国内は『反体制』の季節だった。僕が生まれ育った家はもともと軍人の家系だった。学校もみんな『一高、東大』みたいなエリートで、僕はそこから外れていた。大学も全然違う選択をして、やがて海外に足が向かうようになった。アメリカにも行ったけれど、居着いたのはイギリスだった。アンティークの世界に触れて面白いなと思って。自分で貿易の会社を立ち上げて輸入をしていたのだけど、やがてデザイナーとも繋がりができて、自分の作りたいものを発注するようになった。それが後々イデー(IDÉE)になった。」

ラグビーに惹かれたこと、ラグビーから離れたこと、ご自身の生き方に繋がっていきますね。

「ずっと好きで、試合はたまに観に行ったりもしてた。ただ、ここまで関わるようになったのは、ファーマーズ・マーケットという場があって一聡(高橋・RCCA代表理事)たちに会ったから。彼らは社会問題に向かい合って行動し続けていた(ペットの里親譲渡会のムーブメント。全国で殺処分されていた犬猫はかつて36万匹。現在では2万匹にまで減った)。自分達で始めたことが毎週続けるうちに全国に広がっている。その彼らが、ラグビーに関して腰を据えて取り組もうとしているのを見て一緒にやろうと思った」

このスペース(永田町・みどり荘=シェアオフィス)は、どのような発想でできたのですか。

「それは自然に。今は、この時代になって、働き方を変えていこうよって話をしてる。働き方は、遊び方でもある。それは生き方そのものなんじゃないかと。いろんな企画や発信をここを基点に展開している。そう考えたら、ラグビーもそうだよね。さっき話したみたいに、ラグビーもまた、その人の働き方、遊び方、生き方になるんだよきっと。それは、フェアに、まっとうに生きていこうよって話だと思う。」

シェアオフィス みどり荘

体現、箱、仕組み、声。

「ラグビーワールドカップ(RWC)に向かう日本で気になっていたのは、ラグビーの価値の偏りみたいなもの。多くの人がラグビーを知ったり好きになったりして、もっと上を目指して選手、監督もプロになっていく流れだけれど、本来のラグビーが持っていた価値は伝わっているのかなと。そこで、フェアに生きようというラグビーの人たちの一つの体現である、アフター・マッチ・ファンクションが目に入ってきた。2019年には、東京・青山にそういう場を作ることができた(Tokyo Rugby Club)。いつもそれを実感できる箱があればと考えて、菅平(長野県上田市菅平高原)にクラブハウスを建てることになった(2023年オープン予定)。そのためには組織を作らなきゃと、RCCA(一般社団法人)ができた。人が集ううちに聞こえてきたのが、ラグビーに関わることで困難を抱えた人たちの声。それにみんなで応えようと『やかん基金』を立ち上げている。…というのがここまでの流れだよね。」

基金となると、それこそ仕組みづくりが大変そうです。

「やかんについては、お金を集めること、届けることについて透明性が必要。ただ、ルールにこだわるよりも、まずは困っているという人に会ってみようよという気持ちでいます。ラグビーやってるやつはみんな友達っていう繋がり方が、僕は大事だと思う。雇用や契約で繋がっているんじゃない。理想主義的な話かもしれないけれど、こぢんまりとでも、その精神が残ってきて、今あることが尊いと思う」

黒﨑さんはこれまで、いろんなジャンルで「場」を作ってこられました。それはどのような欲求からなのでしょう。物事が生まれる場を作るコツってありますか。

「うん、それは自然に、ですよ。場を作るプロとしてやっているというより、人が集まってきて彼らが方向性を作っていく。自分はそういう役割なのかなと最近思います。菅平だってね、最初からあの場所にプロデュースして、誰か一人の意図でああなったのなら、108面のラグビーグラウンドにもそれほど魅力はない。108面になっちゃったから、面白い。これからできるクラブハウスも、自然を中心とした菅平、その中にあってポテンシャルが引き出される場にしたい。『地域を丸ごと買い上げて、菅平が別の場所になってしまう』ようなことではなく、このチームだからできたというような場、菅平らしく、ラグビーらしい場にできたらなと思っています」


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