TOPICトピック

木村貴大(RCCAメンバー)&藤田慶和「つまづいても、前を向いてまた歩き出す。僕らはその繰り返し」
〜コミュニティの背景がわかる、RCCAメンバーのストーリー〜
2022.7.14
INTERVIEW
木村貴大 藤田慶和

木村貴大(きむら・たかひろ)/写真左
プロラグビー選手SH(スクラムハーフ)/172㌢、83㌔。1993年12月9日生まれ、28歳。福岡県出身。鞘ヶ谷ラグビースクール(小中)→東福岡高→筑波大→豊田自動織機→ハミルトン・マリスト→SRサンウルブズ→コカ・コーラ→東京サントリーサンゴリアス。

藤田慶和(ふじた・よしかず)/写真右
プロラグビー選手WTB,FB(ウイング、フルバック)/184㌢、90㌔。1993年9月8日生まれ、28歳。京都府出身。アウル洛南ジュニアRFC→洛南中→東福岡高→早稲田大→埼玉パナソニックワイルドナイツ。日本代表(31キャップ)、7人制日本代表。

RCCA(Rugby Culture Club Association)が伝えたいものは、たくさんあって一言ではちょっと表しにくい。だけど、そのメンバー一人ひとりのストーリーを紐解けば、コミュニティーの持つ空気や、バックグラウンドが見えてくるかも。彼らはどこから来たんだろう。何を目指しているんだろう。第9回は、最近、支援メンバーに加わったプロラグビー選手の木村貴大さん、そして彼とともにプロジェクト「夢トラ」を進める藤田慶和さんの登場です。


まずはお二人が主催するプロジェクト、「夢トラ」とはどんなものでしょう。

木村「木村と藤田の夢へのトライ講演会2022 大阪、略して夢トラ! 僕ら二人でいろんな話をし、参加者のお話もうかがって、皆さんそれぞれも僕らも、またエネルギーを得て夢にチャレンジしていく、そういう会になればいいと思っています」

藤田「みんなで話して、明日からまた元気になれる、そんな場になれたらと」

これが2回目の開催なのですね。

木村「2019年に第1回を千葉・東京でやりました。もっと頻度高くやるつもりでしたが、新型コロナのこともあり、難しくなってしまいました」

藤田「1回目は、まず千葉でラグビークリニックをやって、その後に六本木に移って講演をという流れでした。千葉はその時に台風で被害があったので、募金活動も行ないました」

今回、大阪で再開するのはどんな理由から。

藤田「東京、大阪、九州と、まずは三つ全国を回りたいと。大阪ならば花園の近くがいいねという話で今回の設定になりました。僕が京都出身なんで、同じ関西で早めにできたら、とも思っていました」

ふだんはプレーでファンを魅了しているお二人だと思います。選手がなぜ、グラウンドの外でアクションをと思うようになったのですか。

木村「スポーツ選手、ラグビー選手は皆さんが支えている文化のもとに成り立っています。自分たちがラグビーを始めたのもそうですし、国内外の強いチームの選手を目にして、憧れをもって未来を描くことができたのもそう。一つひとつの試合、練習さえも、多くの方の手で支えられている。その中で育ててもらった選手として、還元できることがあればぜひさせてほしい。その中で、アスリート、ラグビー選手が持っている価値を、ぜひシェアできたらと」

藤田「貴大(たかひろ)がちょうどニュージーから帰ってきて、二人とも2019年大会の日本代表からは外れた。僕は3年ぶりに7人制に復帰して東京オリンピックを目指そうというタイミングで、一緒にやらないかと僕に声をかけてくれました。それは面白そう、アリだなとすぐに思いました」

木村「慶和(よしかず)は僕にとって高校ラグビー部の同期だし、ずっと友だちで、お互いの厳しい時期などでも話ができる間柄だった。慶和がいつも脚光を浴びる舞台で頑張ってくれていることで、自分もやらねば、負けたくないと思える大事な存在です。考え方の指向が同じという確信もあったので、誘いました」

藤田「厳しい時期、いろいろあったよね」

木村「慶和は特に、7人制も15人制も。メダルもワールドカップ(W杯)も取りにいくのだから試練も多い。2016年はオリンピック代表から選考に漏れた。そこから15人制に戻って、2019年には3年ぶりにまた7人制に。東京オリンピックに出場したのだからすごい(全5試合に出場)」

トップ選手は、つまづきだらけ

2019年日本大会を、お二人はどんなふうに見ていたのでしょう。

藤田「基本はファンとして見ているのですが、『自分もそこにいられたら』という考えはやっぱり、よぎりますね。ただ、観客席のファンの皆さんの楽しそうな顔や報道を見て、ようやく日本中にラグビーが浸透した瞬間を見れて、ラグビー選手としてうれしい。その分、プロ選手としては悔しい」

ラグビーに携わるものとして、競技の広がりがうれしい、と。

木村「私も、日本の活躍は日本人としてすごく誇らしく、うれしいことでした。ただ、それよりも選手として悔しい気持ちがまさっていました。自分が出られなかった悔しさ」

選手として悔しい。強くて対照的な感情が同時に来たのですね。

木村 「悔しかったですよ。思えば、僕らプロ選手の日常はつまづきの連続です。周りからは、高校時代から注目されて、大学もいって、順風満帆で生きているんだろうと思われがちですが、大きな大会に向けた選手選考、チームの戦績、毎週の試合メンバー、試合ごとの結果、そしてケガ…」

藤田「つまづきはむしろ当たり前だから、そこからいかに切り替えて、前向きに取り組めるかがすごく大事。シンプルなことだけれど、だからこそ、皆さんとも共有できる部分ではないかと」

選手に限らず、社会人は初めは誰もが、自分のことで精一杯です。そこで選手として社会とつながろうと考えたのは、どんなきっかけで?

木村「私は、大学卒業後に豊田自動織機でお世話になりました。社会人と同時に、トップリーガーになることができて、そんなに深くは考えず、地元(福岡)で、自分主催でラグビースクールで「授業」とクリニックをやったんです。そこで、僕みたいな無名選手でも『ラグビー選手』だというだけで、すごく喜んでもらえることに驚きました。子供たちの表情が忘れられなくてですね。スポーツ選手ってこんなにいろんな人に活力届けられるんだって感じて。これがラグビーへの恩返しになるのだったらうれしい。さらに積極的に、ラグビー選手として多くの皆さんに伝えられることもあるのなら素晴らしい、と考えるようになりました。ラグビー選手として育てていただいたことの持つ価値を、社会に還元できたらうれしい」

藤田さんは10代の早い頃から選手として注目もされて、メディアにも囲まれて過ごす時間が長かったと思います。いわば強制的に、社会と繋げられる中で成長しなければならなかった。プレッシャーはありませんでしたか。

藤田「それほどネガティブには捉えていなくて、たくさんの方に応援してもらっているのだなと受け止めていました。一方的に取材を受けるだけではなくて、自分達が大学生の頃からはSNSも発達してきて、自分から発信をすることの楽しさも感じてきました。僕は京都出身なので、普通に生活している中でラグビーのトップ選手に触れられることもなかった。ラグビーはまだまだ環境にムラがありますよね。今は誰もが、ネットにさえ繋がってもらえれば、動画も見れて、選手自身の発信も受け取ることができて、ラグビーに対するイメージを持つことができる。日本のどこに住んでいても、誰かに憧れることができます。そういうきっかけになれればいいなと思って発信もしてきました。プロ選手としての義務かなと思います」

エナジーを受け取って

現役がグラウンド外で動くことには賛否があるかと思います。

藤田「個人的には逆に、今のうちにやっておかないともったいない! と思ってしまいます。選手である僕らは常につまづいて、また立ち上がって……の繰り返しを、今やっている立場です。今月話せることと、来月話せることはまた違う。変わり続けているから、話している人たちとも、一緒に頑張っていると感じられる。選手としてのモチベーションにもなっています」

木村「プレーヤーなのに、ここまでやって大変だね、すごいねって、よく言っていただきます。だけど実際は元気づけているばかりではなく、それ以上に元気をいただいてます。これは間違いない。僕の場合、パフォーマンスに直結するくらい。7月に再開する『夢トラ』にも、子供から大人まで、いろんな人に来ていただけたらうれしい」

話す相手、ターゲットが分散するのは、大変ではないですか? 誰に刺さるイベントなのかがぼやけないようにするのって

木村「実は、集まっていただく前に『こんな話が聞きたい』っていうアンケートを取っていまして。参加者の皆さんが知りたいことや興味についてはある程度、把握をして本番に臨んでいます」

そこまで準備をしているんですか!

藤田「今回は、セッションが90分、交流会が60分の内容になっています」

では、私から一つうかがっていいですか。二人がお互いを見ていて感じた、最大のピンチって何でしょう? 我が友ながら、あそこからよく立ち直ったな! というつまづき。

藤田「僕が貴大について思うのは、この3年で五つものチームを渡り歩きながら、プロ選手として生きていることです。お世話になった織機という大企業を去る覚悟をして、自分でコツコツと貯めてきた金とクラウドファンディングでNZに留学して。本当は、もう1年勝負してスーパーラグビーへとプランしていたはずですが、帰国後にサンウルブズという形でそれを叶えている。そこからコカ・コーラ・レッドスパークス、サントリーですからね。茨の道を進むチャレンジ、この行動力の源にあるのは、負けん気。負けん気が、すごいっす」

木村「ありがとうございます(笑)。僕は慶和を見ていると、泣きそうになることがある。特に東京オリンピックに選ばれるまでの道のりは本当に。2016年のリオ大会の落選は、3回目のケガの影響があったんです。ケガする度になんとか気持ちを入れ替えて頑張ってきたのを僕は横で見てきたから、発表の時の慶和の何とも言えない表情が今でも、忘れられないです。かける言葉がありませんでした。東京大会のメンバー発表は、僕ら近い者、みんなで泣きました。うれしすぎた。すぐに慶和に電話したけれど、全然はしゃぎも騒ぎもしない。『頑張るよ貴大』って抑えて言ってくれてました。それは、リオで選ばれなかった経験があるから、だよね。選ばれなかった人の気持ちを思うから」

藤田「ははは」

先ほど、子供から大人までいろんな人に参加してほしいとの言葉がありました。『夢トラ』は、小学生は参加無料なんですね。

木村「子供が直面している障壁って、世の中からは見えづらいから、なるべくハードルは下げておきたいですよね。僕は今、一般社団法人を立ち上げようとしていて、社会課題の解決に、スポーツ選手だからできる役割があるんじゃないかと思っているんです。たとえば今、日本は子供達の7人に1人は貧困に苦しんでいるっていう。それを聞いて、驚いたし、何かできないかって調べました。自分にもできること、僕らだからできることがあるんじゃないかと。いろいろ知りたくて、フードパントリー(子供への食支援)という活動にも僕自身、継続的に参加しています」

藤田「子供たちって、一つのきっかけで変われる。たとえばラグビー選手の発信をきっかけにして、頑張れた、うまくなったってことがあるかもしれない。ラグビー以外でも何かが伸びた! っていうことがあるかもしれない。そういう機会が一つでもあったらいい。この会を知って望んでも来られてない子たちがいることは念頭に置いておきたい。世の中一般はブロック化してしまっていますが、スポーツは成り上がりも可能、チャレンジしてほしい」

木村「慶和もさっき言ってくれていたけれど、僕らはこうした発信を、現役がやることにも一つ意義があると考えてます。僕らは、いつも現在進行形で、2023年大会だって出場したいと考えている。自分自身が『これからだ』って信じてる。その共通項で、ラグビーから外に向かって発信ができたら、共鳴できる方が少しずつでも広がるのではないかと、これからがあるからこそ、少し振り返ってみようというスタンスです」

藤田「この3年間は本当にいろんなことがあったので、たとえば90分のイベントで話し切れるかは心配なくらい。僕個人については一例として、ラグビー選手がどんなことを感じてきたか、考えているか、知っていただけたらうれしいですね」


参加締め切りは7月18日。申し込みは『夢トラ2022in大阪』へ!

「魔法のやかん基金」の概要はこちら