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諸橋洋勝 (RCCA理事)「少し余白を作る、そこに新しいものが生まれる。」
〜コミュニティの背景がわかる、RCCAメンバーのストーリー〜
2022.7.8
INTERVIEW

諸橋洋勝(もろはし・ひろかつ)
「流石創造集団」取締役。NPO法人Farmer’s Market Association代表理事、1966年11月7生まれ。静岡県出身。黒﨑輝男氏と手がけたプロジェクトは数あまた、いずれも先進的なプロジェクト、活動を実務面で支えてきた。Farmer’s Market@UNU , ComMunE, IKI-BA ,など。

RCCA(Rugby Culture Club Association)が伝えたいものは、たくさんあって一言ではちょっと表しにくい。だけど、そのメンバー一人ひとりのストーリーを紐解けば、コミュニティーの持つ空気や、バックグラウンドが見えてくるかも。彼らはどこから来たんだろう。何を目指しているんだろう。第8回は理事・諸橋洋勝さんをご紹介します。


「この間、初めてスタジアムでラグビーを観てきました。ラグビー専用の会場で、とても観やすかった。楽しかった」

諸橋さんはご自身のプレー経験はないのですね。初めての観戦、どんなふうに映りましたか。

「ルールが難しいイメージがあると思うけれど、今、主要な試合では丁寧にルール解説をしてくれる。それも、ゲームを遮らないタイミングで入るので、思っていた以上に、楽しめました。僕は、水泳、テニス、高校大学はフェンシングと、ずっと個人競技の方でした。団体競技には不思議と縁がなくて。なので、競技そのものもそうなんだけれど、客席で見ている人たちの行動や、所作というのも新鮮で。そういうところにもラグビーらしさみたいなものが感じられて、面白かった。ラグビーは、ラグビーをしている人だけのものではないなあ、っていう」

ラグビーの文化を知った

プレースキックの時、日本では自然と会場全体がシー…ンとなるとか。

「そうそう、あと、くだらないことなんだけど、途中から来た学生たちが『ジャイアン、出てる?』『まだだね』みたいな会話をしてて。大きな選手が途中出場の時に『ああっ、ジャイアンきたー!』みたいな。単純に、おっきい子はどこの世界でもそう呼ばれるんだなというおかしさと、知り合いが出てることへの応援の熱心さが、面白いなあって」

だから、ラグビーのトップ選手は、レベルが高いほどファンやメディアに対してオープンなのかもしれない。近くに行くほど、応援されることを本能的に知っているのかも。貴重な視点ですね!

「一方で、席の前の方には、片方の大学のOBであろう人たちがずらり座っていて。そのあいさつの応酬がすごかった。いかにも体育会的な光景でした」

諸橋さんは黒﨑(輝男)さんとお仕事をされて長いのですね。どんなきっかけで?

 IDEE時代からお世話になっています。かれこれ30年ぐらいになります。ファーマーズ(青山ファーマーズマーケット)をやっているので、一聡君(高橋一聡・RCCA代表理事)とはそこで出会いました。だからかれこれ13年。結構長い付き合いだね。彼らがRCCAの前の原型のような『TOKYO RUGBY CLUB』を表参道の『COMMUNE』(コミューン)に作るのにも関わって、それがラグビーとのつながりの初めですね。忘れないですよ、COMMUNEでいくつも飲食店が出店していたのですが、15、16店かな、すべてのお店からビールが消えた。外国人のお客さんがどっと来て、あっという間に飲み干してしまったと。だいぶ配慮もしていたみたいなんだけど、彼らのビール好きがこちらのビール好きが想像を超えていたんだね」

TRCのような場が、RCCAに繋がっていくのは自然なことだったのですね。業態がだいぶ違いますが。

「うん、そうだね。あの時のTRCで流れていた空気みたいなもの、まさに場を、継続的に再現したいということだったと思う。元々、COMMUNE自体がすごくボーダーレスな空間で、おじいちゃんも若い人も交ざって楽しんでいるような場所だったんだね。その一部にラグビーの人たちも入って、アフターマッチファンクションのちょうどいい空気ができた。すごく有名な選手たちと、小さな子がボールでパスしていたり。誰も選手をちやほやしない。一緒に楽しもうという流れが面白かった」

COMMUNEという素地も良かったのですね。

「僕ら、イベントやパーティーを催す時に心がけているのは、いろんなシチュエーションの生き方をしている人たちが、自然に混ざり合うようにすること。その方が楽しいし、かっこいいし、イベント全体が何かよく伝わるものになる。だから、ラグビーという競技、文化はそれを知っているんだなと思う。あの空気がきっと、ラグビー関係者の言うクラブハウスなんじゃないかな」

COMMUNE(現在はComMunEとして、渋谷PARCO内に移転)

その年の秋に、ラグビーワールドカップ(W杯)が日本にやってきました。

「W杯が始まると、かつてのTRCのような場が、スタジアムの周りに自然発生的にできました。海外からの観戦客の自然な行動が場を作った。そして、大会が終わると彼らとともに消えてしまった。僕ら日本人は大会中はそれをスムーズに受け入れていたけれど、意識的なものではなかったから。これはW杯のレガシーの一つとして、日本に残していかなきゃ、作っていかなきゃと。僕は、そこに向かって状況を一緒にデザインしていくことに興味を持ちました」

スパイクのいらないラグビークラブ、菅平にクラブハウスを…というアクションにつながっていったわけですね。もう菅平に用地はあると聞きました。どんな空間になるのか楽しみですね。ここ(『みどり荘 永田町』)も、いろんな人が出入りできる空気がありますね。

「うん、場を作るって、デザインがすごく重要なんですよね。普通、永田町でシェアオフィスとしてこのスペースを託されたら、まず机がいくつ、椅子がいくつ入るかって話になるはずなんです、普通は。初期投資と月額賃料でこれだけかかるから、テーブル一つあたり…って事業計画を一生懸命考える。だけど、そこに終始すると、面白い空間ってきっと生まれない。単価を上げてでも、例えば、あえて、ちょっとした余白を作る。契約していない人も入れるようなすき間を作ってみる。そこにクリエイティビティが生まれる。人の流れから、面白いアイデア、デザインが生まれると思う」

確かに、これは何のための、誰の空間? というコーナーがちょこちょこありますよね。このイメージ、原風景は、TRCやCOMMUNE 以前から、諸橋さんや黒﨑さんの中にはあったもの?

「そうだね。ただ具体的に共有できたのは、4年ほど前にイギリスに行った時、ロンドンのジェントルマンズ・クラブに連れていってもらって。なんとも言えない刺激を受けました、メンバーしか入れないし、格式はあるのだけど、いったん中に入ると緩さもある。本を読んでるやつ、仲間で飲んでいる奴、一人で飯を食ってるのもいたり。日本ではなかなかない空間だった。ゴルフの界隈とも違う。そう思った時、これはラグビーとは相性が良さそうだと思った」

すき間に流れる時間を意識して

黒﨑さんとは数多くのプロジェクトを手がけてきた中で、諸橋さんの領域とはどんなお仕事なのですか。

「堀さん(堀之内司理事)と同じく何でもやらされてきたけれど(笑)、僕は主に運営のマネジメントですね。これをやるには人がどれくらいいるんだ? その確保や管理もある。動くにあたって組織が必要ならば、法人を立ち上げることも。立ち上げて作ったものは運営していかなくちゃいけないので、そのランニング全般」

みどり荘での皆さんの様子を見ていると、ここで思わぬ人同士が出会ったり、知り合ったりしながら物事が動いている印象です。

「そうそう、予想外のことが起きる! だからあえて場のデザインには余白を作るんです。するとそこに面白いものが生まれる。例えば、ファーマーズマーケットもそうで、僕らはテントやキッチンカーを詰め詰めでは並べなかった。ちょっと余白を作っておいた。するとそこに人が集まり始めたので、じゃあ、テーブルひとつ置いてみようよと。すると集まるだけでなくて、思い思いに何かをするようになって。弾き語りやライブが始まったり。ある日は子供がワイワイ遊んで、またある日にはそこに犬を連れた人が現れたり。テントばっかりを詰め込んでいたら、絶対に生まれないことがそこで起きる。朝から夜まで見渡して、どんなタイミングでどんな面白い空間ができるか」

時間帯によってもこう、推移していくのですね

「散歩の犬を連れて、買い物に来ている人って、実は結構いたんだよね。その空間があることで、週末の過ごし方にいい場面ができるって素晴らしい」

RCCAでは「やかん基金」も始まりました。

「ね。いろんな背景を持った人が交ざり合って、何かを作っている。困ったことがあったら、みんなで助けるでしょ、って。自然な流れでこうなった。ラグビーの周りにあるカルチャーがそうさせていると思う。日本代表チームを見ていても、僕は、次の東京って“こっち”だよなって感じてます。日本を好きな人、そこに住まう人が一緒になって共通の目標に向かっていく。ラグビーには、僕のようにラグビーをやったことのない人間でも、入れるすき間、懐がある。自分もここに関わることはできるなって、感じることができています」

2000年、IDEEの展示会で訪れたイタリア ミラノにて



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