TOPICトピック

中垣征一郎(競技トレーナー・株式会社FORCE DIRECT代表)「ともに冒険をする人。普遍の地図を広げて」
〜コミュニティの背景がわかる、RCCAメンバーのストーリー〜
2026.9.5
INTERVIEW

中垣征一郎(なかがき・せいいちろう)
都立狛江高校→筑波大学(体育専門学群)、ユタ大学大学院/1970年生まれ、東京都出身//小守スポーツマッサージ療院(4年間)在籍時に伊勢丹ラグビー部でフィジカルトレーナー(1995-96年)。米国留学(1997年~)で在学中からMLB下部組織で臨時トレーナーに就き、日米トップ球団で指導を続けた。2012年には、北海道日本ハムファイターズ(2004-10年)で出会ったダルビッシュ有とともにMLBテキサス・レンジャースへ。2013年からの日本ハム指導時には大谷翔平の二刀流成就を支えた。その後、MLBサンデイエゴ・パドレス、NPBオリックス・バファローズ(三連覇)などに所属。現在は自ら立ち上げた株式会社FORCE DIREDT代表として、スポーツ以外の組織マネジメントにも関わる。2024年度から東京大学ラグビー部パフォーマンスコーチ。

RCCA(Rugby Community Club Association)が伝えたいものは、たくさんあって一言ではちょっと表しにくい。

けれど、そのメンバー一人ひとりのストーリーを紐解けば、コミュニティーの持つ空気や、バックグラウンドが見えてくるかも。彼らはどこから来たんだろう。何を目指しているのだろう。中垣氏の指導歴は、競技もレベルも実に幅広い。日米の野球、スピードスケートなど、これまで地球儀レベルの仕事を重ねてきた指導者が、いまラグビーのフィールドで駒場にいる。かつてダルビッシュや大谷翔平に向けた眼差しはいま関東大学対抗戦2部で奮闘する学生たちに注がれる。その「幅」には、アスリートとともに冒険を重ねる氏の、求める普遍が表われている。

「ただ数をやって、うまくなれる」選手は限られている

数々の世界的選手を育ててきたコーチが、駒場にいる。驚かれますよね。

一聡…さん(笑)とは、RCCAができる前、30年ほど前からご縁があって。「いつか一緒にやれたらいいね」という話はしていたんです。

一聡は、私がオリックスを辞める前の年から東大で指導を始めていて、「中垣さんも、いつでも来て」と声をかけてくれていた。私が興味を持ったのは、そもそもなぜ彼らがラグビーをするのか。だって東大生ですよ。傍から見れば、ラグビーをわざわざやる必要がないじゃないですか、彼らが生きていく上で。学問知で国内最高の若者たち。しかも、それまでこの競技をやったことがない学生が部に半数近くいる。彼らがスポーツによって何を得るのかに、すごく興味がある。

スポーツで得られて、学問で得られない知性って何だろう…。それは、私がずっと考えていたテーマだった。東大生と一緒にやれるなんて、こんな贅沢な話はない。で、一聡には「区切りがついたら、すぐに行く」と伝えていました。信じられない集団ですよ。

それで、去年から東大に。

大学スタートの選手も多く、経験者の競技実績にも他校とは差がある。そこで本気で勝ちにいくことをどう成立させるか。大いなるチャレンジでしょう。ただ、やってるとね、「不可能じゃない」気がしてくるんです。私が手伝えることは本当に限られているのですが、ここでは、真剣にやってこそ、本気で向き合ってこそ生まれるものがどんどん出てくる。それが今、楽しみです。

東大ラグビー部というと、量にも集中力にもこだわる厳しい練習のイメージがあります。少なくとも今日の中垣さんの練習は、感覚を探るようなプロセスだと感じました。

技能として身につける過程って、個人の中にしか宿らないものです。私は傍らで、その彼が今できていないことを指摘したり、こうやった方がうまくいくよというスタンダードを示したり。プレー、動作の輪郭を示しながら、彼らが何を身につけるか。彼らがどう捉えて、いかに変化してくれるか。プロ野球の時からずっとそれをやってきました。その上で初めて、どこまで数をやるかだと思う。「ただ数をやって、うまくなれる」選手は限られている。その確率をどこまで上げられるかが、コーチの腕の見せ所。動きの肝の部分をいかに自ら掴ませていくかが仕事だと思っています。

中学までは野球、高校&大学では陸上競技(中距離)選手として活躍した中垣氏(中央)

技能は個々の中に宿る。それを「今、できている人」だけのものにしない

たとえば、自転車の乗り方。人が乗るのを見て「ああやって乗るのか」ってみんな思う。けれど、その実態がわかるのは自分が乗れるようになってからですよね。ましてスポーツの場合は、いくつものプレーや動作の連続、積み重ねで成立するもの。非常にハードルは高い。僕が指導の核の一つに置いているのは、それを「今、できている人」だけのものにしないこと。どうやったら共有できるか、確率を上げられるか。

今日のタックルの練習は、内から外へ相手を追い込んでいく、連携の面まで発展していきました

うまくいっている時って、システムと個人、個々の動きの細部が噛み合っているんですよね。ところがみんな、減速するときは減速することばかり考えて後傾姿勢になりがち。すると次の加速局面ではまた体勢を作り直すことになる。実はかなりレベルの高い選手でも、人って余計なことをいっぱいやってる。では、いつでも力が出せるポジションで動き続けるにはどうしたら? 重心はどこに保つべき? 下半身の使い方は? そういったことを実戦の中で示していく。今日の後半はそんな作業でした。

競技を始めたばかりの選手に対して、歴の長い選手がプレーをことば化して説明していたのが印象的でした。それは、経験者にとってもすごくいいプロセスだなと。

ね。絶対にすべてを言語化はできない。では何を言葉で伝えるのか。形式知化できることと、優れた選手の中に閉じ込められている技能と。そこを棲み分けて進めていくって、面白い。私と、ラグビーコーチである一聡との役割でいうと、私は原則の部分から個々の動きを掘り起こしていく。それが一聡中心の技能のセッションに移っていく。相性がいいと言えば、いいのかな。

競技コーチと、動きのコーチが一緒にやるのって、実際は難しいことが多くはないですか。お互いに、相棒の専門分野の核がつかめているわけではない。その二人がラリーして練習を形作っていくのって…。

ラリーは、全然難しくない。互いがそれぞれの原則、本質をつかんでいれば、なんのハードルも矛盾もない。難しくなるのは、どちらかが原理原則を離れた時。私は月に数日しか東大にいられないですが、たとえ選手と毎日一緒にいる環境であっても、そこで成立しないことは一切言わない。

筑波大学体育専門学群では、高松薫氏(のち筑波大学名誉教授)に師事

ラグビーで、東大だからこそ、4年間でできること

2シーズン東大でやってきて、思わぬ成果や、壁に感じていることなどはありますか。

うん、両方、たくさんありますね! 素晴らしいなと思うのは、彼らはいったん理解すると、こちらが一度使った言葉の意味を考えて、解釈してくれること。私が、言葉の選択に悩まずどんどん伝えられる。密度高く出力できる。一度伝えたことが忘れられていないから、どんどんベース(土台)が上がっていく。情報を蓄積、上乗せしていけるのが、コーチとしてすごく面白い。

一方で課題は、試合でいかにそれを発揮できるか。練習で積み上げたものを試合で出すことについては、すごく高いハードルを感じています。

そのハードルは競技特性によるものですか?

ラグビーだけの話ではないですね。基本は1対1、の野球でも、プロでさえ起きる。

特に東大は、ラグビーの中で過ごしてきた時間がすごく少ない選手の集団です。練習で達成できたレベルほどには、試合ではできないことが多い。1試合の中で、そのムラが大きいことも。4年間という限られた時間の中で、どこまでその確率を高めてやれるか。

中垣さん、難しさを楽しんでいるように見えます。

もちろん! そりゃ面白いですよ! 面白さでしかないです。

ラグビーは人数も多い。このゲームって不確定要素の塊ですよね。

一方でね、確定できることが多いのもラグビーの特性の一つ。体力的なスペックを上げることが、フィールドの上でこれだけ如実に出る、出せる球技ってない。特に一局面だけ取り出すとそれが顕著です。だからこそ、ラグビーで、東大だからこそ、4年間でできることがあるんじゃないかと。野球とはパフォーマンスの構成が違うんですよね。

27歳で米国留学を決意しユタへ。在学中からMLB下部組織で臨時トレーナーに就き、現在に続くキャリアを歩む

人が能力を形成するプロセスや構造を考える

中垣さんのキャリアで、最初にがっちりトレーナーとして関わったのが伊勢丹のラグビー部ですね。1995年。

トレーナーとして、トレーニングも含めて総合的に携わらせていただいた最初が伊勢丹(東日本社会人リーグ=当時は社会人チームの通年全国リーグは不在)。その時に一聡が中心選手で。私は2年しかいなかったんですが、一聡とはそれ以来ずっと連絡を取り合っていた。30年近く経ってまた一緒にやることになりました。一聡からは「ラグビーを外から見られる人こそ、このコミュニティーには重要なんだ」という話をいただいて。

私は元々ラグビーの人ではないし、野球一本の人間でもない。野球の世界においても、特殊なポジションで仕事をさせてもらってきました。「打つ」「投げる」時に動作の仕組みがどうなっているか、構造を説明しながら選手たちと関わる。チームでは技術練習のあり方も一緒に考えていく立ち位置で指導をしてきました。それは一聡も面白がってくれています。

やったことがない競技、選手としては体感していないレベル…。コーチの指導って、あらためて特異な役割ですよね

極論すると、それがラグビーでもバスケットでも関係ない。フィールドの上で上手に動くためには、抑えなきゃいけないことがある。常にそこを原点に指導をスタートする。僕の場合は、力発揮(ちからはっき)の効率のために必要なことは何か、ですね。

それが、野球の場合はこう、「打つ」ならこうだね、「投げる」ならこうなんだね、と。さらにそれを個人のスペックに合わせて身につけていく作業です。競技別、種目別化する。個別化する。どの競技でも、いったん落とし込み始めると、どこに行っても同じになってくる。もちろん、経験によってその精度は上げていくことができる。

だから、この競技は難しい! とか、そういう風にはあんまり思わない。反対に言うと、どこに行っても、難しい(笑)。

最初から全部仮説が成立した状態でやれるわけではないので、分からなかったら、仮説はできるだけ立てつつ、まず、やってみる。そこで気が付くことがたくさんある。理論的整合性だけでは成立しないことがたくさんあるのが、スポーツの面白さじゃないですか。

僕は、スポーツだけというよりは…、人が能力を形成するプロセスや構造を考えることに興味がある。

その「場」に携わる人たちが、どんなふうに全体の組織パフォーマンスや個人のパフォーマンスを上げていくのか。どんな仕組みが必要なのか、個々が何を役割とするのか。これからは、いろんな分野でそれを追求していきたい。

ご自身で立ち上げた会社はそれがテーマなのですね

すべて自分で、何でも事業化できるようにと個人で法人化しました。東大のように直接チームを指導すること以外に、チームのアドバイザー的な役割を務める仕事にも力を入れています。たとえば、トップレベルのチームや行政が持つアカデミー部門や、地域展開が進められている部活動事業のアドバイザーであったり。

これからの子どもたちに、より良いスポーツの「場」を作るためには何をすべきかを考えていきたい。今は姫路市の部活動の取り組みにも携わらせていただいています。

東大駒場キャンパス内の勧誘ボード

スポーツが持つ価値。日本のスポーツが持つ共通の「背景」

その姫路でも起きているのは、人のつながりからスポーツ以外の視座が生まれること。

これまで私がお世話になってきた方たちには、ビジネスマンも教育界の方々もいる。そこで、人材育成、組織パフォーマンス、チームビルディングという言葉が、スポーツとの共通点として浮かび上がってきました。じゃあ、ちょっと一緒にやってみようよと声をかけてくれる方もいる。姫路ではそれが、地元のバレーボールチームと繋がった。今は姫路のスポーツの象徴ともなっているヴィクトリーナ姫路のアカデミー構想に携わっています。

一見まったく関係のないジャンルにも、スポーツの価値は見出される。スタンダードを見極めてきちっと向き合えば、スポーツ以外でも活用できる。それを目指して取り組んでいます。

学校から地域へ展開が進む部活動は、スポーツにとって大きなテーマ

スポーツ指導の仕事をしてきて感じるのは、先生という存在、役割の大きさです。部活動には、指導者が先生であるという責任のあり方の中で保たれてきたものが確かにある。学校で行なわれてるから、スポーツに加われるという子も多いはずです。

あるテレビ番組では、日本独自の部活というスポーツのあり方が取り上げられていました。

外国人英語教師がフラットな目で部活のありようを見つめていく。マネージャーや、試合に出ていなかった子たちに10年後に話を聞くと、「またあの時に戻ったら、同じように部活をやりたい」と言う。海外にもあるようなクラブチームでは、プレーヤーとしての喜びや楽しさといった言葉で価値づけられているもの。それと違う大事なものを、彼らこそが受け取って大人になっている。多くを、深く学んでいる。学校がそういう場を作ってきたことって、すごく大事だと思うんです。

スポーツがもたらすものは、PLAYだけに由来するんじゃない

いま急速に部活がクラブ化していく中で、楽しければいい、強くなればいい、が拡散していくことには危機感を感じます。もちろん楽しいことは大前提です。上達がなくちゃ楽しくもないでしょう。

ただ、たとえば日本の部活スポーツには、最低限の理念として共有しなきゃいけないことがあるはず。私はスポーツがそれを保っていけるのか、ずっと不安視していました。私はこれを、よりうまくなる、今までよりもうまくなる方法を加速させながら、両立できるポテンシャルを大人が準備していくべきと思うのです。

ヴィクトリーナさん(バレーボールチーム)と姫路市さんの協力に応じようと思ったのも、たとえば指導者研修といった場で、新しい部活動の指導者の皆さんと考えていきたいから。指導者として研鑽を重ねていく気持ちのある人が、子どもたちに関わってほしい。いちスポーツ人として願う気持ちからです。

スポーツに一生懸命取り組んだことが、スポーツから離れても役に立つ。プレーをしているその時間だけが充実すればいい、というものじゃない。そこにスポーツの大きな価値の一つがあると私は思う。

そんなスポーツのあり方を進めるための活動をしていきたいです。もう一つは、自分がそう感じさせられるものって、何なのかについて、人とお話しできる機会が増えていくといいなと、今は思っています。

全体と部分を往復する。地図は深みを増していく

中垣さんは、いろんな垣根を超えて動き続けていますね。多くの競技、レベル、そこにいる個々の選手たち、さらにはスポーツ以外のジャンルまで。ご自身が大きな地図を一つ持っていて、その時々のレイヤーを重ねて、さらに地図を描き続けているように見えます。

原理原則があって、個別の環境や課題がある。確かに、全体と部分を行ったり来たりする作業はずっとしていますね。全体を扱っている時は部分に気をつける。部分に絞っていく時は全体を見渡す、意識を持つ。実際、そうしないとなかなか成果が表れないことが多いので、自分の中ではそれを無意識に意識するようになっているかな。

現場を求める気持ちもありますし、全体を見渡していることに関わりたいとも願う。知らない人とお会いすることも、こうやって学生と一緒にフィールドで過ごす時間をちゃんといただけていることも、本当に得難いです。




駒場構内のグラウンドで試行錯誤する学生たちに短く、頻繁にフランクな声をかけながら、中垣氏は2025年末に体験した京大定期戦について触れる。

「103回目で、京都と東京を行き来してやっています。今年は駒場で試合の日を迎えて一聡が言葉にしてくれたのですが、これって、日本部活の最高峰の舞台だよなって思ったんです。だけど、彼らの人生のメインステージって、ここではないんだと思うし、もっと先にあるべきです。それでも4年間、今、大事な時間をここまで費やす。みんなほんとに一生懸命やる。まったく違う動機で同じグラウンドに集まった仲間が、ライバルとも交ざりあっていく。わくわくしませんか。これって彼らにとって、また社会にとってどれくらい価値あることか。ラグビーっていい。もっとみんなに知ってほしいな」

眼差しはエリート礼賛や特別な競技への偏愛でなく、その反対を見渡している。目の前にいる人への愛情、その人の情熱が向かうものへの敬意。