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「岸岡智樹のラグビー教室」二年目の挑戦 セルフレポート #1
番外編 / 岸岡智樹(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ/RCCAメンバー) 編
2022.12.7
INTERVIEW

岸岡智樹(きしおか・ともき)
クボタスピアーズ船橋・東京ベイに所属する現役選手。SO。1997年9月22日生まれ。178㌢、85㌔。大阪府出身。枚方ラグビースクール→蹉跎中→東海大仰星高→早大→スピアーズ。社会人3年目の社員選手。U20日本代表、ジュニア・ジャパン選出。学生時代からSNSをはじめネットでの発信を継続している。小中学生たちを対象に全国でおこなわれたセッションツアーは二年目を終えた。特製ラグビーノートを販売するなど、積極的な活動が注目される。

RCCA(Rugby Community Club Association)が伝えたいものは、たくさんあって一言ではちょっと表しにくい。だけど、そのメンバー一人ひとりのストーリーを紐解けば、コミュニティーの持つ空気や、バックグラウンドが見えてくるかも。彼らはどこから来たんだろう。何を目指しているんだろう。今回は現役トップ選手・岸岡智樹さん2回目の登場です。



2022年 岸岡選手のセッションのあらまし
現役選手が開催する「岸岡智樹のラグビー教室」が、リーグワンのオフシーズンに全国9か所でおこなわれました。小中学生向けのラグビー教室で、昨年の開催実績は全国で8か所。1会場プラスした上に、9のうち3会場はキャンプ形式(宿泊イベント)を敢行。インタビューの前半は、主のテーマとなった「楽しさを伝えること」について聞きました。

セッョンの目的

  1. ラグビーの楽しさを現役選手から学ぶ
  2. ラグビーの地域格差の改善
  3. ラグビーへの新たな携わり方の創出
  4. 現役選手の新たなキャリアモデルの創出

岸岡智樹のラグビー教室

  1. 関東2回/栃木・白鷗大学、千葉・東海大浦安高
  2. 沖縄1回/あけみおSKYドーム
  3. 北信越2回/新潟・デンカスワンフィールド
  4. 四国2回/愛媛・松山聖陵高
  5. 九州2回/長崎・諫早市森山ふれあい公園
  6. 大分・湯布院スポーツセンター

岸岡智樹のサマーキャンプ

  1. 大阪・SORA RINKU
  2. 福島・J-Village福島
  3. 長野・菅平プリンスホテル


※各セッションの詳細はこちらへ。



ラグビーの地域格差の解消へ、力になれないかというのがこのイベントの出発点でした。今回はラグビーの楽しさを、がメイン。岸岡さん自身が書かれているnoteやSNSには「アップグレード」という言葉が何度か出てきますね。

「アップグレードの主旨は二つあります」

はい。昨年から、今年へ。

「一つは、イベントを器から変えること。半日開催から、宿泊を含めた2日間のキャンプを加えました(9イベントのうち3つ)。コーチとして現役選手にも加わってもらいました。そして、現地の指導者と一緒にコーチにあたりました」

「もう一つは、目的のアップグレードです。ラグビーの上達よりも、ラグビーの楽しさを伝えることを第一に置きました。背景には当初から掲げている地域格差の解消があります。地域格差がある、と言い切っていますが、僕らはこの活動を通してその現場をリサーチしている面もあります。昨年の指導経験や、関係の方々とのコミュニケーションの中で見えてきたのは、全体の傾向として、ミニラグビー(小学生)の子たちが中学でラグビーを続けていないこと。その最大の理由は、小学生でラグビーの楽しさを知ることができていないからでは、と。内側から湧き上がるような楽しさです」

そのままでは辞めてしまう子をラグビーに留まらせるもの

昨年、情報格差と子どもたちのラグビーへの意欲は「どっちが先か」という話がありました。SNSの電波は日本全国に届くけれど、受け取る側が情報を取りにきてくれないと、届けたい人の元に情報は到達しない。だから、直接自分が足を運ぶんだと。

「どこに住んでいても、上手な子は保護者も含めて上を見ていて意識が高い。彼らに今回のセッションに100%満足してもらえたかというと、違うと感じています。僕らが楽しさを強調する中で、物足りないなと感じた子たちはいるはず。彼らは基礎基本の話なんて今さら岸岡から聞きたくはなくて、スーパープレーができるためのコツや、最新技術の情報が欲しい。だけど私は、メニュー内容については、基礎基本にこだわりました。第一に見るべきは、これから意欲が高まって、ラグビーを続けてくれるかもしれない子どもたちだからです」

まず、楽しさを伝えるってどんな練習なのですか。

「メニュー内容は前年も基礎基本でした。うまくなるためのキーはそれだからです。今回も内容は同じで、短絡的に『こんな最新パスがあるよ』みたいなスキルを教えることはしなかった。楽しさの要素が入るのは、メニューの内容ではなく、アプローチですね。シンプルに、練習の雰囲気が明るくて、誰もが発信できて、笑顔があふれる雰囲気を作ること。ハンズアップなんて言わなくても、手と手の形をオニギリにして、と言ってみる。感覚的にも英語を使うよりもずっと伝わる。みんながワクワクして、チャレンジして…という空気ができることが第1段階」

「そのためにも、まずコーチ同士がざっくばらんにものを言い合える関係づくりを心がけました。大人が互いに話もせず、子どもにコミュニケーションを、というのは無理があるよねって。楽しさが伝わる場づくりについては、練習の前に大人が意識合わせをした。僕たちも楽しくやりましょう! と」

たくさんチャレンジする。失敗を怖がらせない空気を作るのが、「楽しさ」の一歩目なのですね。

「その失敗が引き出された時に、じゃあ、どうやったらうまくいくかな? って自分で考える。コーチ側が戦略的に成功を積み上げさせてステップアップするんじゃなくて、自分の意思とレベルで本当の失敗体験にぶつかる。そこが第2段階のスタートです」

対処法を指示されるのではなく、本人の試行錯誤が始まるのですね。

「本人が考え始めたらコーチもトーンが変わる(変える)。いいタイミングでいいヒントを手渡せれば、子どもはそれをしっかり受け止めてくれる。自分ごとなので。すると成功する。できた! って本人たちの心が動く。次のテーマに進みたいと思う。しかもコーチが褒めてくれる! これは大人でも夢中になるのではないでしょうか。ここが、私が今回メインに据えている楽しさです」

基礎基本だけで、すでに上手な子たちが飽きてしまうことはないのですか。

「ふだんの練習からコーチがまず手当をしないといけないのは、苦手なプレーがある、とか、自己評価の低い状態に陥っている多くの子たちの方です。やや極論ですが、ものすごく上手な子がいるとしたら、その子は僕らが現地へ来なくてもラグビーを続けるでしょう。大多数の子がラグビーを続けていくためには何が重要か、そのポイントの一つが楽しさだと仮定しています」

成果はどうでしたか? 楽しさを測るのは難しいですね。

「事後アンケートなど主観的なフィードバックなら、かなり手応えがあります。保護者からの回答では、帰りのクルマで、子どもがずっとラグビーの話をしていたとか。ただ、上手な子たち、スーパープレーを覚えて帰りたい子の満足度は高くない。これは前回からわかっていました。体感で言うと、参加者の20%ほどの子たちは、初めは『僕はもっと難しいことができるのに…』と思う。保護者の方からも、もっと高いレベルの内容に挑戦してほしかった、という声をいただきます。ただ、それ錯覚なんです。こんな話をします」

「うまいね! 次はディフェンスとの距離が近い状況でやってみようか」

「今回は、うまくいったのは3本のうち1本だったね。君が活躍したいと思っている高いレベルの試合では、1つのミスで勝負が決まる。どうしたら、いつでも、どんな状況でも成功できるようになるか。そうだね、いい準備。ポジションに早く立てているかな。声かけはできていたかな。まっすぐ走れている?『両手のオニギリ』(ハンズアップ)は忘れていない?…」

結果が見えるのは、二年後、三年後。

「メニューのゴールは変えず、コーチが条件を少し変えて声かけすることで、子どもたちの模索が基礎基本に向かっていく。今、スーパープレーをすることじゃなくて、うまくなり続けるために必要な土台が基礎基本の中にあるんだって気がつくと、目線が変わる。――コーチングとしては当たり前のことですが、僕ら自身も、昨年からの子どもたちとのやりとりの中であらためて大切さに気がつかせてもらえた部分です。高いレベルの子たちも含めて、みんなで夢中になれるセッションにしたい。今回(2022年)は、『もっとできるのに……』の20%のうち、半分くらいの子たちは途中から目線を変えて取り組んでくれました。この子のレベルで楽しさを感じてもらえたのではないか。そんなアップグレードもあります」

全国で子どもたちとラグビーをするコーチの、共通の悩みだと思います。みんなが楽しめる練習ってなかなか作れない。

「僕ら大人目線を『そのままでは辞めてしまう子』に設定するのは、普及育成の上では第一だろうと思います。ただ、先の20%の子たちの期待にも応えたい。彼ら彼女らがこのラグビー教室に来てくれているのは、岸岡が教えるから、だと思います」

「たとえば、僕らが観客としてライブを観に行くのは、アーティストがそこに来るからですよね。その曲や歌そのものにではないはず。ただ、トップ選手が講師として参加するセッションに求められるのは、今時点ではスーパープレーなのかもしれません。実は、僕らが大事にしているものとはズレる。ミスマッチが起きている。だけれど、セッションの間にできる限り働きかけて、帰る時には楽しかったと思ってもらえるようにしたい。スーパープレーにも近づいていける新しい目線を持ち帰ってもらえたら、と願ってます。そこはこれからも改善していくことの一つですね」

そもそもの情報格差への狙いからすれば、「帰りのクルマでずっとラグビーの話が…」の逸話は、成功へのご褒美ではないでしょうか。

「ラグビー教室で接するのは年間に2時間ほど。微々たるものです。直後のフィードバックには手応えを感じていますが、2年後、3年後に、彼らが中学生になった時にラグビーを続けてくれているのかなってところを、想像します。僕らがやったことの真価が問われるのは、ずっと先のことだと思います」(後編に続く)


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